運用業界の大ベテランであるルーミス・セイレスのデイビッド・ローリーが、40年を超えるキャリアで培った投資の知見を凝縮して、現在の市場環境に至るまでの歴史的背景、AI関連の楽観論がリスクを大幅に高める理由など、それらが債券投資家にとっての意味するものについてご説明します。
過去25年を振り返ると、決定的な瞬間には事欠きません。ベテラン投資家として、投資の観点から特筆すべき点を教えてください。
デイビッド・ローリー(DR): それでは、20年の間隔を置いて訪れた、2つの市場の転換点についてお話ししましょう。
1つ目の転換点は、米ドルの弱気相場と米国内におけるインフレの上昇がピークに達した1980年です。1960年代末から1970年代にかけて、安定的な国際秩序として認識されていたブレトンウッズ体制は、崩壊の局面を迎えました。米国市場に注目すると、米ドルが9年にわたる弱気相場を経験する中で、インフレの上昇ペースは加速し、1980年には13%というピークの水準に達しました。また、当時のポール・ボルカーFRB議長の「必要なことは何でも行う」という金融政策の方針のもとで、米国債市場では短期債利回りが20%に、長期債利回りが二桁の水準へと上昇しました。その結果、米ドルは支配的な地位を確立し、米国の債券市場と株式市場では目覚ましい強気相場が続きました。また、大規模な政策転換は資産クラスと投資のパラダイムシフトを引き起こすという教訓が、長期にわたって刻み込まれました。
この流れは、2000年頃に到来した2つ目の転換点につながります。ここで言う2000年とは、ドットコム・バブルの崩壊ではなく、国際社会における中国の台頭を指します。中国は突如として脇役の座を脱し、国際市場を動かす最大の要因に変貌したのです。ルーミス・セイレスのポートフォリオ・マネージャーは、不透明なリスクを伴う中国に対して直接投資する代わりに、中国が必要とするさまざまなものを供給する企業や国へと、投資の軸足を移しました。その結果、ルーミス・セイレスは運用パフォーマンスにおいてアワード受賞を果たし、同時に、中国の需要がコモディティ市場を一変させるという想定のもとで、グローバルな運用体制を構築するに至りました。こうしたパラダイムシフトを見極め、二次的、三次的な影響を想定してポジショニングを実践することが、私のキャリアそのものだったのです。
そうした決定的な瞬間は、市場リスクに対する考え方やポートフォリオ構築へのアプローチに、どのような影響を与えたのでしょうか。
DR: ブレトンウッズ体制の崩壊後、多くの「米ドル弱気筋」は変化に適応できず、米国の資本市場が勢いを取り戻した局面でのラリーを逃しました。ここでは、「従来の図式に固執すべきではない」という教訓が残されました。
一方、中国のストーリーは、確信度の高いテーマであると同時に、2つの意味で逆張り的なテーマでもありました。第1に、アジア債務危機を契機に、ほとんどの投資家がアジアを中心とする新興国市場を敬遠していた点です。第2に、中国向けの投資を避ける代わりに、ブラジル、ペルー、韓国などの供給国の外貨建て債券に焦点を当てるという私たちの判断が、リスク・プレミアムの魅力と需要構造の明確さという二重の意味で功を奏した点が挙げられます。もっとも、重要なポイントは「市場のリスク」と「実際のリスク」を区別することであり、市場の警戒感に惑わされず独自にリサーチを行えば、実際のリスクが印象よりもかなり低いとわかる場合があります。
今となっては別世界のように感じられますが、この時期の経験を若い世代の人々にどのように伝えればよいのでしょうか。
DR: 情報源の多様化を図るべきというのが、私の一番のアドバイスです。歴史を読み解き、市場や地域を横断的にそして時間軸に沿って捉え、視野を広げることです。重要なのはパターンを探してそれを認識することであり、金融史だけでなく経済や、さらには軍事の歴史をも学ぶことによって、今日の出来事との類似性が見極めやすくなります。