債券市場で長年のキャリアを有するルーミス・セイレスのリンダ・シュウァイツァーが、世界金融危機とパンデミックの経験を振り返りつつ、今日のアナリストがゲーム理論と行動ファイナンスを適切に理解するべき理由と、チーム内の議論が市場全体の縮図になることが多い理由についてご説明します。
これまでの25年間にわたる市場経験を振り返った時、ご自身の現在の投資の見方に影響した最大の出来事を教えてください。
リンダ・シュウァイツァー(LS): 何と言っても、世界金融危機ですね。同じような方も多いと思います。危機の教訓は、銀行規制、クレジット市場の構造、投資家心理に深く刻み込まれたように思います。
私は2001年にルーミス・セイレスに入社し、世界金融危機の発生時にはポートフォリオ・マネージャーに昇格したばかりでした。それ以前にもロシアやブラジルの債券トレーダーとして危機を経験し、市場の劇的な変動を目の当たりにしてきましたが、影響の広がりや大きさという点で、世界金融危機に匹敵するものはありませんでした。資産市場における価格調整の次元を超えて、流動性やリスク、投資哲学に関するあらゆる既存の前提を問い直す、システム全体の構造的転換だったと言えます。
その後の10年は、ソブリン債務危機の発生、ゼロ金利/マイナス金利への突入、銀行の行動様式の転換に象徴されるように、危機の余波が色濃く残る期間となりました。モラルハザードの問題はさておき、中央銀行は危機の影響拡大を防ぐため常に政策支援に踏み切ると、投資家は想定するようになり、その前提は今も変わっていません。
比較的新人のポートフォリオ・マネージャーとして危機対応を迫られたわけですから、厳しい試練だったことでしょう。緊迫感はどの程度のものだったのでしょうか。
LS: 極めて緊張感の高い、消耗の激しい経験でした。市場は平時よりもはるかに速いペースで変動し、情報の流れも同様でした。重要な意思決定を担う立場に就いたばかりで、ポートフォリオ・マネジメントの感覚もまだ形成途上にありましたし、社内でケン・ブントロックやデイビッド・ローリーをはじめとするシニア・ポートフォリオ・マネージャーの助言を拠り所にしていました。トレーディングの現場で流動性危機を経験したことは過去にもありましたが、その時ばかりはポートフォリオの存続が危ういとさえ感じられました。本質的に毀損している資産はどれか、状況が悪化した場合にヘッジ効果を発揮する資産はどれか、といった議論が延々と続きました。
最大の教訓は、懐疑心を持つことの重要性だったと思います。伝説のミューチュアルファンド・マネージャーであるジョン・テンプルトン卿の有名な言葉に、「英語で最も危険な4単語は『今回は違う(this time is different)』である」というものがあります。これは常に警戒を促す言葉です。世界金融危機の直前には、住宅価格は上昇する一方だ、サブプライムは大きな問題ではない、テクノロジーは無敵だという声が聞かれていました。あらゆるバブルにおいて、同じ議論が繰り返されるのです。
この経験を通じて、自分自身の直感を信じることの重要性を学びました。話がうますぎると感じられたり、ファイナンスの基本原則に反しているときは、現実に回帰するのを待つべきですが、合理性を欠く市場環境が想定以上に長期化したり、特定のストーリーに支えられたモメンタムが転換点を迎えるまで何年も持続することもあります。
ストーリーの転換に繰り返し不意を突かれる投資家は多いようですが、それはなぜでしょうか。
LS: いくつかの理由が考えられます。第1に、透明性が不足するケースが少なくないことです。世界金融危機につながった相互依存性の強いファイナンスの仕組みは、疑念が生じていたとしても、外部から実態を解明するのは至難の業でした。第2に、リターンを追求する行動が常態化すると、収益達成のプレッシャーや乗り遅れへの恐怖が作用して、投資の規律を保つことが難しくなります。とりわけ、バリュエーションが理屈で説明できない水準に達し、保守的な運用方針ゆえにお客様の運用成績が市場ベンチマークに見劣りするようになると、何もせずに忍耐を保つことは極めて困難になります。
現在、こうしたプレッシャーは、以前にも増して現実感を帯びています。誰もがモメンタムを追い求め、次の流行セクターを探し回るようになると、重圧に抗するために勇気と精神力が求められます。多くの場合、お客様が焦燥感を抱き始めると、ディフェンシブ性、バリュー重視、ダウンサイド・リスクへの留意といった運用規律を理解して頂くのは難しくなりますが、長期的に優れた運用成績を実現するうえでは極めて重要です。
ディナーパーティーなどの場において、暗号資産のデイトレードで一儲けし、最新の腕時計や新しい家、スポーツカーといった戦利品を誇示する自慢屋に、誰もが一度は遭遇した経験があるはずです。あなたがファンダメンタルズを堅実に分析しているときでも、先を行く人は常にいるようですが、そうした場合、どのように対応していますか。
LS: 流行を追いかけたいという誘惑は常に身近にあるものですが、重要なのは投資の哲学とプロセスを確立することです。私たちはオポチュニスティックな運用スタイルを採用しているため、経済・信用サイクル全体を通じて忍耐が求められることを、お客様は理解しています。
守りに入るタイミングを早まり、そこから教訓を得ることもありますが、私たちの役割はリターンを生み出すことだけでなく、ダウンサイドを守ることにもあります。私はモメンタム投資を採用しない理由を率直に話すようにしていますが、その説明で本当に安心感を得るお客様もいます。たとえその結果、短期的な収益機会を逃すことがあったとしてもです。スリルを求めるお客様もいるかもしれませんが、私たちが提供するのはそうしたものではありません。お客様一人一人に投資哲学を説明し、ご理解いただけることが大事で私の役目でもあると考えています。
世界金融危機の経験を経て、お客様に対して行う運用スタイルの説明方法に変化はあったのでしょうか。
LS: はい、確実に変わりました。世界金融危機の経験によって、単に数字を示すだけでなく、成績の不振や損失の実績、不確定要因に関する報告など、厳しい議論を率直に交わすことに慣れざるを得なくなりました。それが個人的な成長につながり、お客様とのコミュニケーションも洗練されるようになりました。誠実に、親身に、率直に話すことが、日々成果として返ってきます。危機の時のこうした厳しい議論が信頼につながり、今ではお客様も、私が良いことであれ悪いことであれ率直にお伝えすることを理解してくださっています。
パンデミックの事例はどうでしょうか。お客様の懸念に対応するアプローチをさらに進化させる必要はあったのでしょうか。
LS: パンデミック(新型コロナウィルスの感染拡大)は特異な試練でした。不確実性が高まるなか、既存のモデルは混乱をきたすようになりました。また、感染拡大速度の見通しを示すパンデミック曲線から、ジョンズ・ホプキンズ大学のウェブサイト上で公表される解析指標やモデリングに至るまで、新しいデータに目配りする必要が生じました。市場分析において、マクロ経済や金融環境など要因に加え、疫学の視点を突如考慮しなければならなくなったのです。