ハリス・アソシエイツ(以下、ハリス) の国際株式部門共同CIOであるデビッド・ヘロは、マーケット分析に際しあらゆる状況を経験してきました。とはいえ、2025年はこれまでとは状況が異なります。なにしろ、今年は短期間で多くの変化が起きています。2024年11月に機関投資家が最も懸念するポートフォリオリスクとして挙げたもの(バリュエーションと金利)と、2025年1月に富裕層担当マネージャーが指摘したもの(ボラティリティとインフレ)を比較してみてください。2024年10月から何が変化したのでしょうか?そして、今年のボラティリティはバリュー投資における常識をどのように変えるのでしょうか?
このQ&Aでは、デビッド・ヘロが、ナティクシス・インベストメント・マネージャーズが実施した最近の個人投資家調査1への回答の一部をもとに、投資家の予想が彼ら専門家による株式市場の見方と一致しているかを検証しながら、質問に答えます。
ナティクシス・インベストメント・マネージャーズが調査を行った投資家の70%が、世界は不安定で、自身の資産管理が心配だと回答しており、多くの投資家が迷っているようです。実際、調査対象者の約4分の1(23%)が、どうすべきか分からないと回答しています。投資家の皆さんが投資を継続できるように、どのようなことを伝えたいですか?
CNBCやブルームバーグを見て「今日は予測不能だ」と報じているのを見ると、いつも笑ってしまいます。実際、毎日が予測不能なのです。未来に何が起こるかは誰にも分かりません。第一に、人々は不確実性が、投資環境の一部であることを理解する必要があります。この不確実性を引き起こす要因はさまざまです。戦争、エネルギー政策、金利政策、自然災害、パンデミック、貿易戦争などです。私たちは常に変動と不確実性の時代の中にいます。
投資家として、こうした状況に対処するにはどうすればよいでしょうか?お客様とこの問題について話し合う際には、私たちは「トレーダーではなく、投資家として考えてみてください」と伝えています。トレーダーと投資家の違いは何でしょうか?トレーダーは値動きを推測し、その値動きに対して自らが予測する信念は何かといったことに基づいて取引をします。トレーダーにとってボラティリティは敵です。そのため、彼らは短期的なトレンドに乗ろうとします。
一方、投資家は一歩引いて、割安な資産を特定し、長期的に投資します。私たちが企業に投資する場合、それは長期的な時間軸を有する資産に投資します。私たちは投資をトレードとして捉えてはいません。私たちは投資を長期的なものと見なしています。
投資家が投資を続けるには、4つの鍵があると私は考えます。1つめは、長期的に考えることです。トレーダーではなく、投資家として考えることです。そうすることで、ボラティリティや不確実性に振り回されることなく、投資家はそこから利益を得る可能性が生まれます。短期的な値動きは、投資家に対して、長期的にアウトパフォームするためのポジションを取る機会を与えてくれます。
2つ目は、適切な分散を維持することです。2024年12月までの過去10年間、株式市場では分散が功を奏すというより、資金を米国市場、とりわけマグニフィセント・セブンの株式に投資すればすべてうまくいきました。1980年代も同様で、当時は日本株に投資すればすべてうまくいっていた状況がありました。
しかし、このような投資がうまくいくのは、投資対象がうまく機能している期間にとどまります。そして、歴史的に見て、ファンダメンタルズが有効に機能するまでに時間がかかるほど、その後の調整幅は大きくなります。例えば、過去10年間のグローバル株式市場で見た場合、米国株式への高い関心があったものの、その関心は持続可能なものではありませんでした。今やグローバル株式指数の70%以上を、米国株式は占めています。
つまりこれまで、米国をアンダーウェイトすることは、損失につながる選択となりました。米国を除くグローバル株式は過去10年間で約5%のパフォーマンスを示したのに対し、米国は約13%のパフォーマンスでした。10年間で年率約800ベーシスポイントの差といえます。S&P 500は今年ほぼ横ばいですが、国際的なインデックスは20%近く上昇しています。したがって、歴史的に見ても、分散投資を行うことは重要です。短期的、あるいは中期的にはうまくいくかもしれませんが、最終的には価格と価値は収れんします。
3つ目は、マクロ環境は外的要因であるということです。これについて私たちが何かすることはできません。1つ目のポイントに戻りますが、長期的な視点で考え、状況を活かすことです。投資家は、自分たちがコントロールできることとできないことを区別し、外的要因や与えられた状況に悩まず、状況を活かす努力をすべきです。
そして4つ目は、資産の本源的価値を無視することはできないということです——特に投資家であればなおさらです。トレーダーであれば、その価値は気にしません。彼らが気にするのは値動きだけです。私たちは、資産の価値とは、その資産から生じる将来キャッシュフローの現在価値であると考えます。
持続的に割安に見えても、キャッシュフローが上昇し続けるなら、投資し続けることは理に適っていると考えます。なぜなら、繰り返しになりますが、最終的にはファンダメンタルズが有効に機能すると考えるからです。すべての値動きに反応するのではなく、資産の価値を見極めてください。投資資金がどこにあったかではなく、どこへ流れるかをうまく活用するように努めてください。私たちの基本的な投資に対する信念は、投資資金は最終的にキャッシュフローの利回りの高いところに向かうということです。
資産の価値は、株式や債券、不動産のいずれであっても、一連のキャッシュフローによって決定されます。最終的に賃料収入、純利益、利息収入など、何であれその資産から生み出されるキャッシュフローによって決定されます。トレーダーの思考に囚われると、本質的な価値ではなく、値動きに惑わされてしまうことが多いのです。
トランプ関税が発効されてからグローバル株式の見方は変わりましたか?特に欧州株式への資金流入の好材料と見ているでしょうか?
これまでグローバルな投資家から見捨てられてきた欧州ですが、トランプ関税は防衛分野のみならず、金融政策や債券市場などでも、より自立心を高める契機となりました。トランプ関税の発表は欧州の政策当局者に対応を迫る原動力になりました。
ドイツの選挙は、欧州において「従来通り」が真に成功する戦略ではないことを示すものとなりました。異なるアプローチを取る必要があります。そして、私たちはこうした変化が徐々に進んでいくと見ています。欧州の資産は、これまで過去10年ないしは20年とほぼ無視されてきましたが、いよいよ上昇に転じるでしょう。
欧州株と米国株のバリュエーション格差を見ると、まだ改善の余地は十分にあると考えます。2014年からドルが大幅な上昇を続けてきたことを忘れないでください。私たちは、こうした上昇は最終的に持続不可能であると見ています。なぜなら、ドルは2014年に著しく過小評価されていた状態から、11年後の現在、2025年では著しく過大評価されている状態に変化したからです。
S&P 500が2024年に高値更新を続けた一方で、米国株式の今後の見通しとして、より大きなボラティリティと銘柄間格差が高まるとの考えから、トランプ関税の混乱と相俟ってAI関連トレードの強さへの懸念が、多くの投資家にとって米国株式への配分を見直すきっかけとなりました。このことは、米国例外主義の時代は終わり、欧州例外主義の時代が到来する可能性があると言えるのでしょうか?
世界が米国株式市場に殺到する意味での米国例外主義は終わったと思います。そして、米国や欧州の政策当局者が現在着手している政策をどの程度のスピードで加速させるかが、欧州に大規模な資金が戻ってくるかどうかを決定するでしょう。
しかし、当面は、株価を動かすほどの大きな波は生じないでしょう。なぜなら、そうした流れに対する関心が極めて低いからです。もし大規模な資金流入が発生すれば、欧州株が過大評価される状況も考えられます。しかし、現在はそのような状況にはほど遠いです。
人々は、すべてのチップを1つのエリアに賭けていたことに気づき、そのエリアが極めて割高で、過熱状態になっていることを認識しています。欧州に拠点を置く企業は、欧州企業であると同時に、米国の大手企業と同様、グローバルに事業を展開しています。
欧州以外で、現在、機会があると思われる地域はありますか?
私たちは日本に期待しています。ハリスでは、日本を依然アンダーウェイトとしています。日本企業は資本配分の改善を進めていますが、営業利益の劇的な改善は見られません。企業業績の改善を待っていますが、それまでは日本で価値を見出すのは難しいでしょう。
新興国では、韓国など他の地域にも注目すべき場所があります。中国においても、特にテクノロジーセクターにおいて選別的な投資機会があると考えています。ハリスは、世界クラスのテクノロジー企業であるテンセントとアリババに投資しています(2025年6月現在)。
インフレ率が中央銀行の目標に近づいているにもかかわらず、インフレ率が本当にコントロールされていると考える人はほとんどいません。世界的に見ても、高インフレがようやく後退したと考える投資家は 41% に留まっています。投資先の企業はインフレをどのように捉えていますか?経営陣の反応はありますか?
私は、インフレ懸念はほぼ安定化していると考えています。グローバル金融危機後、銀行と消費者がバランスシートの再構築を迫られた結果、人為的に低い物価が続きました。極めて人為的に低い金利も維持されました。その後、パンデミックが発生し、財政・金融刺激策が過剰に実施されました。
現在、これらの状況が逆転しています。中央銀行は金融引き締めを強化し、金融刺激策は終了しました。もちろん、財政刺激策は依然として過剰です。しかし、私はデフレにはならないと考えます。ただし、世界各国の政府、特に米国政府の財政に対する無責任さはありますが、ディスインフレは起こると思います。
関税は米国にとってインフレ要因となる可能性がありますが、米国以外の地域ではインフレ圧力は軽減され、中央銀行が金利をさらに引き下げる余地が残るでしょう。中国で進行中のデフレと、AIが経済に与えるデフレ圧力を考慮すると、ディスインフレがさらに進み、インフレ率が低下し、中央銀行が金融政策面でより緩和的な姿勢を取れるようになると思います。
関税が最終的に全面的な貿易戦争に発展すると思いますか?
全面的な貿易戦争は、敗者が多すぎて不合理であるため、起こらないと思います。全面的な貿易戦争は起こらないと思いますが、これまでよりも貿易の自由度は低下すると思います。
投資家の43%が経済崩壊の可能性を懸念し、41%が市場暴落を懸念しているという調査結果については、どうお考えになりますか?
そうした人々は将来をよく考慮していないと思います。彼らは現在起こっていることだけを考え、足下の状況についての見方を述べているだけです。
10年前、いや40年前と比べても、情報は瞬時に取引されるようになりました。資金も瞬時に移動します。現在、大規模な取引資本のプールが存在しますが、30年前は、大規模な資金プールは取引資本ではなく、ロングオンリーの確定給付年金プランでした。 現在では、レバレッジやアルゴリズム、ファクター取引を活用する大規模な取引資本プールが存在し、これによりボラティリティが高まり、大きな価格変動が発生しています。
投資家としては、価値発掘機能の不完全性が高まっていることから、より多くの機会があると言えます。しかし、この機会を活かすためには適切な時間軸が必要です。適切な時間軸がなければ、吹き流しのように振り回されるだけです。
私たちが投資している資産の時間軸は非常に長いという単純な事実を忘れてはなりません。これらの企業のバリュエーションは徐々に変化しますが、株価の動きは激しい場合があります。そして、その差こそが機会をもたらすのです。
2025年6月執筆