プライベート・アセットの果たす重要な役割
実際に「60/40」モデルの意義が問われるようになったのは、2014年に欧州中央銀行(ECB)が政策金利をマイナスの領域に引き下げた際に、欧州を中心とする投資家が従来とは異なる市場環境に直面することになった頃にさかのぼります。マイナス金利への引き下げは、通常の利下げとは異なる意味合いを持つものでした。投資家は、マネー・マーケット・ファンドや銀行預金に滞留する資金にコストが発生する構図を、突如として認識するようになったのです。,
「特にプラスの金利環境しか経験したことのない機関投資家にとっては、ショッキングな出来事でした」と、VEGAインベストメント・ソリューションズのプライベート・アセットチーム責任者であるフィリップ・ファジェは回想します。「ポートフォリオにおいて、伝統的に“安全な”領域からリターンが得られない環境において、アセットアロケーション、ポートフォリオの構築、長期的な運用目標を達成する方法について、従来とは異なる見方をせざるをえなくなりました」。
「そのような環境において、プライベート・アセットの開発が加速したことは重要なポイントです。年金基金や保険会社をはじめとする長期投資家は必要なリターンを創出するために、上場の債券・株式以外にも目を向ける必要に迫られました。その結果、戦略的なアセットアロケーションにおいて、プライベート・エクイティ、プライベート・デット、インフラは、周辺的な存在から中心的な存在に変わったのです」。
現在では、ポートフォリオの構築において脇役的な位置付けであったプライベート市場が、議論の中心を占めるに至っています。プレキン(Preqin)のデータによると、プライベート・エクイティ、プライベート・クレジット、インフラ、不動産、ヘッジファンド、天然資源を含む世界のオルタナティブ運用資産残高は、新型コロナ危機前の11兆ドルから急増し、2030年までに32兆ドル規模に達する見通しです1。
プライベート市場の成長は、機関投資家の投資先選択肢が増えた話にとどまりません。資金調達の手法、企業が非上場のステータスを維持する手法、投資家がインカムや分散効果、プライベート・アセットに関連する長期的なテーマへのアクセスを追求する手法といったものの、構造的な変化を反映する動きと言えるでしょう。.
分散効果の重要性は変わらない
ファイナンシャル・アドバイザーは、顧客のポートフォリオにプライベート・アセットを組み入れることの明確なメリットを、確実に認識しています。ナティクシス・インベストメント・マネージャーズが実施した調査2では、回答者の半数近く(49%)が、上場市場内の高い相関を背景にプライベート・アセットの魅力が高まったと回答しており、また、56%が顧客の運用成績の改善につながったと回答しています。
また、今後20年間で、高齢者の保有資産がその配偶者、子供、孫、慈善団体、基金などへ移転し、84兆ドル以上の資産移転が進む見通しのなかで3、若い世代の投資家がプライベート・アセット志向のトレンドを持続させる可能性が高いと、アドバイザーは強く認識しています。
実際、ナティクシス・インベストメント・マネージャーズが実施した別の投資家向け調査4では、プライベート・アセットに関する知識が増えるほど投資意欲が高まると回答した割合は、ミレニアル世代(一般に1981~96年生まれ)で55%、X世代(一般に1965~80年生まれ)で46%に達する一方で、ベビーブーマー世代(一般に1946~64年生まれ)では29%にとどまりました。また、ミレニアル世代の44%が、投資対象を上場市場に限定することで絶好の投資機会(SpaceXやOpenAIなど)を逃していると感じている状況が示されました。
その一方で、プライベート・アセットが株式と同様に日々値付けされているとの認識が、ミレニアル世代で63%、X世代で66%に達している状況を踏まえると、プロセスの一環として投資教育が不可欠だと考えられます。パブリック(上場資産)とプライベートの資産配分においては、適切なバランスを確保することが重要であり、いくつかの投資案件だけで世代間の資産を形成しようと考える投資家にとっては、期待外れとなる可能性が高いでしょう。
プライベート・エクイティに強みを有するフレックスストーン・パートナーズの共同CIO兼マネージング・パートナーであるニティン・グプタは、次のように述べています。「次のエヌビディアやビットコインの探求に情熱を注ぐ人たちにとっては、私たちのアプローチは適さないでしょう。私たちは『夜、安心して眠れる』戦略を志向し、一貫してすべてのファンドで2倍のリターンを追求しています。これこそが、フレックスストーンが紡ぎ上げた運用哲学です。ユニコーン企業(未公開の巨大企業)を探すのではなく、再現性のある持続可能なパフォーマンスを重視します。安定性に注目することで、着実に積み上がり、再現可能なリターンの価値を獲得することが可能になると考えます」。
「カクテル・パーティーでは、棚ぼた的な取引や世代間の資産形成の話題で誰しも盛り上がりますが、多くの経験豊富なアセットアロケーター、とりわけ機関投資家は、安定的で一貫した運用成績の価値を認識しています。全資産をプライベート・エクイティに投資すべきと主張するつもりはありませんが、投資ポートフォリオの一部にプライベート・エクイティを組み入れる意義があると確信しています」。
現代におけるポートフォリオの枠組み
「60/40」モデルの“改訂版”は、厳格なフォーミュラとしてではなく、ポートフォリオ全体の枠組みとして理解する方が適切です。成長を支える上場株式の役割と、安定性を高める投資適格債券の役割は変わりません。同時に、分散効果を高め、ポートフォリオのリスク調整後リターンを向上させる目的で、プライベート・クレジット、インフラ、その他の実物資産への投資が選択肢になります。
本質的なトレードオフの関係は、非常に明快です。通常、分散を拡大するほど流動性は低下し、また、運用実務が複雑化するとともに、運用会社を厳格に選定する必要性が高まります5。つまり、現代のポートフォリオに関する議論では、「60/40」モデルの終焉を宣言することよりも、モデルの限界を認識することの方がはるかに重要になります。例えば、ゴールドマン・サックスのリサーチは、2026年の株式市場の展望として、強気相場の範囲が広がる一方で、インデックスのリターンは前年を下回ると予想しています。この見通しに基づくと、上場市場における限られた勝ち組だけではなく、幅広い対象に目を向ける必要性が高まると考えられます6。
そのような市場環境となれば、アセットアロケーターは、上場市場の効率性とプライベート市場へのアクセスを融合し、インカムの多様な獲得手段とより戦略的な流動性管理のアプローチを兼ね備えたポートフォリオを選好する可能性が高いと見込まれます。これは伝統的なモデルの否定ではなく、より柔軟性の高いマルチアセットの枠組みへの進化として捉えられます7。
端的に言えば、「60/40」モデルは廃れたわけではありません。とりわけ、債券のより確実な分散効果が回復した現状において、堅実な出発点としての役割は失われていません。ただし、次世代のポートフォリオ構築プロセスにおいては、単一の固定的な配分は基準とならず、パブリック(上場市場)、プライベート市場両方の資産を合理的に組み合わせ、流動性を効率的に管理しつつ、多様な市場の展開に対して強靱性を発揮するポートフォリオを構築できるかどうかが、鍵となるとみています。